既存のビジネスモデルを脱却し
新たな挑戦を続けるために
「ブランド」が必要だった

岐阜県土岐市妻木に位置する有限会社丸仙化学工業所は、1930年からタイルの生産を手がける老舗メーカー。127年の歴史を持つ丸仙化学工業所は、現在では数少ないタイルメーカーであり、タイルと器の両方を手掛ける独自の地位を確立しています。
2007年に4代目として就任した代表取締役社長の水野寿昭さんと、LENS ASSOCIATES(以下 LENS)が出会ったのは、水野さんが、商社依存型の事業構造からの転換を模索していた時期のこと。単なるタイルメーカーではなくものづくりのブランドとして確立するため、祖父が使っていた「寿山」のブランド名を掲げ、ブランディングに着手しました。
他社にはない形や質感の製品が評判を呼び、今や、数多くの海外企業との取引実績を誇る丸仙化学工業所。「寿山」ブランドの立ち上げまでと、今、水野さんが考えていることを伺いました。

製品をつくるだけでなく、価値の伝え方が重要だと感じていた
橘:改めて、水野さんとLENSとの出会いから振り返らせてください。
水野:最初は、パイグラフィックスの馬場さんの紹介でした。当時、私たちは自社のウェブサイト制作を別の会社に依頼していたのですが、理想とする写真やデザインのレベルに達していないとの課題を抱えていました。「これからは会社そのものをブランディング化していきたいから、まずはウェブサイトを大きく変えたいと思っている」と率直に伝えたところ馬場さんを紹介していただいて、馬場さんが「ブランディングに強い会社がある」とLENS代表の矢野さんを連れて来てくれたんですね。
橘:ブランディングが必要だと思われた背景とは何だったんでしょうか。
水野:まずは、タイルそのものの需要の低下です。父親が社長を務めていたころは高度成長期で、商社経由で依頼される大手メーカーの下請け仕事だけでも十分な売上があった時代。タイルのみならず、灰皿や器などオリジナル商品も手掛けていました。なかでも、ガラス粒を埋め込んだ灰皿はあまりに売れすぎて、小学生の自分が灰皿づくりを手伝っていたほどです。
ただ、高度成長期が終わるとともにだんだんとタイルの需要が低下。それでも事業として成り立ってはいたのですが、2009年にタイルの落下事故がメディアで大きく報道されたことをきっかけとして、タイルへのネガティブなイメージが根付いてしまった。原因そのものはタイルではなく接着剤やセメントの劣化なのですが、そうした流れを受けて、3階建て以上の建物にタイルを張る場合には10年ごとに打診検査を義務付けるという法改正がおこなわれました。
これが業界に与えた影響は非常に大きかったですね。例えば、小規模なマンションでも3階建て以上なら10年ごとに足場を組んで検査をしなければならない。その費用が管理費に上乗せされることになり、結果として、住む人たちの負担が増えることになりました。
そうすると、ゼネコンやデベロッパーが「10年ごとに検査をするくらいなら、タイルは使わない方がいい」との判断をするように。その結果、全国的に多くのタイルメーカーが廃業に追い込まれました。

水野:この状況を受けて私たちは、他社にはないタイルの開発や、タイルの技術を生かした器づくりにシフトしていこうと決意。これが、丸仙化学工業所の事業構造を改めて考えるきっかけになりました。オンラインショップでの販売や、商社に頼らない販売ルートの開拓などいろいろと試行錯誤していたときに活性化ファンド補助金という制度を利用できることになり、そこで得た資金をもとにブランディングに着手しようと動き始めた、という流れです。
原口:水野さんは専門学校でデザインを学ばれていたと聞きました。そのご経験も自社のブランディングにつながっているのでしょうか。
水野:確かにデザインの勉強はしたものの、ブランディングについては深く理解しているわけではありませんでした。
ただ、昔から美しいものは好きでしたし「知らないものを見たい、知りたい」という欲求は強いのだと思います。例えば出張の際には有名な建物や美術館、いろんなブランドのショップを見て回ったり、新しい施設には積極的に足を運んだり。そうしたことを長年続けていることもあって、ただ製品を作るだけでなく、見せ方や価値の伝え方が重要だということは、漠然と感じていました。
でも、ブランディングという概念は、LENSさんと出会ってからだんだんとわかってきた感じがありましたね。当初は月1回のミーティングからスタートしたのですが、ブランドってなんだろう、どういう方向性で進めていけばいいんだろうと、一緒に考えていく中で理解を深めていきました。
見せ方が変われば、まったく違う価値を生み出せる
原口:ミーティングを重ねてブランドの方向性が見えてきたなかで、まずはブランドの顔となるロゴをご提案させていただきました。
水野:原口さんには本当にたくさんの案を出していただきました。最終的に決まったロゴを見たとき、「これだ」という感覚がありましたね。和のテイストを残しながらも、モダンでスタイリッシュな印象も与えられる。名刺、パッケージ、カタログなどあらゆるツールに展開していますが、自信を持って渡せるロゴになりました。
原口:タイルと器、両方の製品を手がけるメーカーとしてのアイデンティティをどう表現するかが重要でした。やきものメーカーとしての伝統性も大切にしたい。かといって古くさい印象は避けたい。それらの相反する要素をどう調和させるか、水野さんと一緒に試行錯誤を重ねました。
水野:ロゴは一度決めたら簡単には変更できないので、その決断が正しいのかどうか、本当に時代の変化に耐えられるデザインなのか。ましてや海外のお客様にも通用するものなのか。そういった不安もあって30種類以上もの案を提案していただきましたが、最後までお付き合いいただいた原口さんには本当に感謝しています。

橘:「寿山」というブランド名の背景もおもしろいですよね。
水野:丸仙化学工業所の2代目である私の祖父はなかなかセンスのある人で、陶芸作品や家具の制作なども手掛けており、会社名とは別に、個人の商売には「寿山」という屋号を掲げていました。まさに、今でいうブランドですよね。私の名前に「寿」が入っていることもあって、新しいブランド名は何がいいだろうと考えていたときにすぐさま「寿山」が思い浮かんだんです。
せっかくならば祖父が書いた「寿山」の筆文字をそのままロゴにしてもいいのではとも思っていたのですが、現代のブランドとして展開するにはちょっとそぐわない。新しいロゴは、歴史は大切にしながらも、現代的な解釈で「寿山」を表現したいとの希望にぴったりだと感じています。
ロゴの完成と同時にカタログ制作がスタートしましたが、特に高坂さん(LENSフォトグラファー)の写真との出会いは衝撃的でした。第一回目の撮影時はまだ定番商品も少なくて、ありあわせの商品を持ち寄っての撮影だったので少し不安だったんです。でも、出来上がってきた写真を見たときは、そのクオリティの高さに本当に驚きました。
もちろんカタログの出来栄えも素晴らしく、それをベースに展示会のパネルなども制作していただきました。ブースに足を止めてくれる人の数も増えましたし、想定以上にカタログを持って帰ってくれる人が多くて最終日には足りなくなったほど。
その後、百貨店やセレクトショップなど、今まで関わりのなかった会社から直接問い合わせが届くようになりました。写真の力って本当にすごいなと改めて感じましたし、商品そのものは変わっていないのに、見せ方が変わることでまったく違う価値を生み出せることを学びました。

ブランド価値の向上が、採用人材にもいい影響を与えている
橘:話は前後しますが、商社依存から脱却し自社でオンラインショップを持つのはかなり大きな決断だったのではないでしょうか。
水野:そうですね。反対意見もあったのですが、タイルの需要が伸び悩むなかで商社の販路のみに頼り続けるのはリスクが大きいと判断しました。というのもこの構造には大きな問題があり、商社、問屋、小売、建材屋など流通経路が多すぎて、そのたびにマージンを取られてしまうんです。従業員をフル動員して大量の商品を納品しても、最終的に手元に残るのは、定価の3分の1から5分の1になってしまうことも珍しくありませんでした。
また最近は、昔の商社マンのように豊富な知識を備えた人たちが減っていることにも懸念を感じていました。かつての商社マンは現場でいろいろ決めてから発注をかけてくれていたのですが、今の人はお客さまから少し突っ込んだ質問をされると答えられない。「工場に聞いてみます」と言うだけの伝書鳩のような存在になっていました。
そうした中、インターネットの普及で状況が変わってきました。当初はただ会社概要や商品の一部を紹介しているだけのウェブサイトだったのですが、お客さまが直接情報を検索できるようになり、商社経由ではなく、私たちに直接問い合わせが来るようになった。これは大きな変化でしたね。そうした流れもあって、オンラインショップを持とうと決めたんです。
直販には商社からの反発もありましたが、事前に私たちなりの対策も講じました。例えば、ネット販売する商品は、事前に各商社に確認を取り、カタログに「載せられない」と言われた商品に限定したりね。
商社依存から脱却するのは簡単ではありませんでしたが、これも時代の流れだったと思います。とはいえ今も信頼できる商社との取引は続けていますし、自社サイトによる直販も好調です。やっと、両方のバランスをうまく取りながら展開できるようになってきたように思います。
原口:寿山のタイルはハイブランドのショップにも数多く採用されているんですよね。僕も現場を見に行きましたが、圧巻でした。
水野:昔から実験的にさまざまな製品をつくってきたのですが、それが今の時代に評価されるのはおもしろいですね。例えば、20年以上前に作った瓦の形状のタイルが台湾の建築家の目に留まり大量にオーダーをいただくなど、予想外の展開を見せています。他の業界のマテリアルやアート、建築などからインスピレーションを得てつくったものが多いのですが、それが今のトレンドとマッチしているのかもしれません。加えて、昔ながらの製品にも改めて注目が集まっており、例えば伝統的な布目模様のタイルも、色や組み合わせを変えることで新しい魅力を持つ製品として再評価されていることは興味深いです。

水野:今では売上の3割以上が海外のお客さまです。特にヨーロッパのデザイナーからの評価が高く、驚くことに「日本に行くなら寿山の工場を見に行け」というツアーまであるそうです。多い時は海外からのバイヤーが月に10組くらい来られることもあるので、説明をする機会が増え、話すのが上手くなりました。英語はまだまだですけどね(笑)
今後も、これまでの成果を基盤に、さらなる挑戦を続けていきたいと考えています。特に大切にしたいのは、デザインと製造技術の融合です。例えば、釉薬の開発は非常に難しい分野ですが、その困難さこそが新しい可能性を生み出すと考えています。デザイナーとの協働をさらに深め、寿山ならではの価値を持つ製品を生み出し続けていきたいですね。
ブランディングに力を入れ始めてから、以前より多くの若い方、特に女性からの求人応募をいただくようになりました。デザインやものづくりに興味を持つ優秀な人材が集まってきています。ブランド価値の向上が、人材の確保にもいい影響を与えていると感じます。
私たちは単なる製造業ではなく、デザインと技術を融合させた価値を創造する企業でありたいと考えています。現在、第2工場の建設も検討していますが、単なる生産能力の拡大ではなく、新しい可能性を追求できる場所にしたい。伝統を守りながらも、常に新しい表現を追求し続ける。それが私たちの目指す姿です。今後も、クリエイターの方々と共に、寿山ならではの価値を生み出していきたいと思います。
原口:寿山の今後の展開を楽しみにしています。本日はありがとうございました!
