「あの人は野蛮だ」と言われたい。
野蛮な人だけが、
生き残ることができる。

毎月28日、名古屋市中区に東別院で開かれている「東別院てづくり朝市」の事務局に、飯尾裕光という人物がいる。飯尾さんは、津島市にあるりねんしゃという食品メーカーの取締役で、会社の近くにINUUNIQ VILLAGE(イニュニック ビレッジ)というカフェと農業も経営しているかと思えば、ケニアやアラスカでのプロジェクトにも携わっている。一見、バラバラに見える取り組みだが、飯尾さんによると「それらのすべてはつながっている」という。飯尾さんの頭の中を覗いてみたくなって、このインタビューを企画した。

 自分のまわりに張り巡らされている“糸”に気づく

ー飯尾さんは食品メーカーや農業やマルシェの運営などさまざまなことをされていますが、これらに共通点はあるのですか?

一見、バラバラなことをやっているように見えますよね?(笑)でもこれ、僕の中では全部つながっているんです。そこには、僕の子どもの頃の強烈な原体験があります。

ーどんな原体験ですか?

うちは父親がちょっと変わっていて、例えば、何もない平日に僕が通っている小学校にふらりと「授業参観に来た」というような“破天荒”なタイプだったんです。それでそんな父の考えで、父以外の家族で僕が小学校3~4年の間、電気もガスも通っていない兵庫県の山の中で暮らすことになりました。ただその家から小学校までが11kmあって物理的に通えないということで、自然と学校に行かなくなったんですよね。

ーそれは強烈な体験ですね。そこで目覚めたんですか?

何もない自然の中で暮らしていると、だんだんと感性が研ぎ澄まされていくんです。これは大人になってから実感したのですが、自分の中から外側に向けていろいろな“糸”が出ていて、それがつながっていくのがわかるようになりました。

ー“糸”ですか?

「虫の知らせ」という言葉があるじゃないですか。ふとしたことが気になる瞬間がある。例えば冷蔵庫や車が壊れる直前に、何かその予兆のようなものを感じるとか。本来、人間には普段から、そんな小さな信号がいくつも出ているんです。そして、それをあるとき「これだ!」と感じる瞬間がある。その信号にどんどん反応していった積み重ねが、今の私のやっているさまざまな取り組みです。

ーその感覚は、どんな人にもあるものなんですか?

あると思います(笑)。今、インターネットで世界中がつながっていますが、私はそんなものより人間の能力の方がずっと優れていると考えています。確かに技術の発展でいろいろなことが便利になりましたが、人間にとって一番の宝は“人”や“自然”のはず。どんなに便利な道具が発明されても、細かい作業ができて自然治癒までしてしまう、人間の指に敵うものはないでしょう。それを理解していない人が多すぎるんです。

目的はゴールに着くことなので、迷うことが目的じゃない

ーなるほど、確かにそれは一理ありますね。でも感覚に頼っていると失敗もしませんか?

よく失敗もしていますよ。でも、それが面白いんじゃないですか(笑)。それにいろいろなことが連鎖しています。“糸”が遠くにあるほど、そのつながりは細くなりますが、それを支えているのは案外身近なつながりだったりする。極端な話、一番身近な家族との関係を大切にすることで、アラスカで起こっていることが伝わってくるんです。コンピュータと人間が一番違うのは、スタートからゴールまでのたどり着き方らしいですね。そこに1000通りの方法があったとして、コンピュータは一つずつ確実に進めていこうとする。“何となく”で選んで正解を見つけられるのは人間だけなんです。

ー失敗は避けることができるんですか?

今はだいぶわかるようになってきました。きっかけは、ある時から分からないことは人に聞くようにしたんです。若い頃は自分のファッションについて、人から「ダサイ」と言われ続けていたんですね。それを結婚して妻にコーディネイトをしてもらったら、とたんに「雰囲気いいね」とか「今日は爽やかだね」とか言われるようになった。そこで「そうか、自分が思っている自分と、まわりが見ている自分はこんなにも違うものなんだ」ということに気づいたんです。そうしたらいろんなことがとたんに楽になりました。最初は抵抗ありましたけどね。若い頃はプライドもあったし。でもよくよく考えたら、ゴールを目指すならゴールを知っている人に聞けばいいんですよ。目的はゴールに着くことなので、迷うことが目的じゃない。若い頃は迷うことを目的だと勘違いしていました。

ーそれに気づくことができたのが飯尾さんらしいですね。

迷うことよりも、目的にたどり着いてからを大切にするようになったのは、子どもが生まれてからですね。父親と一緒に仕事をするようになって、意見が合わないことが多かったんです(笑)。でもある時、他の人から「親父さんはこんな風に考えているんだよ」という話を聞いて、妙に納得できた。子どもに何かを伝えたいと思ったら、自分でどう伝えるべきかを悩むより、ありのままの自分でいたら、人がそれを伝えてくれるし、その方がよりよく伝わるのではないかと。結局、人は成果をみて評価しますよね。そのプロセスは評価されづらい。だったら、プロセスで悩むのは時間の無駄だな、と思ったわけです。

言葉の精度を高め、自分の正義を押し付けない

ー無駄な時間を減らすために、心掛けていることはありますか?

自分から発する“言葉”には気をつけていますね。好きな人に「嫌い」というのが一番遠回りだとしたら、どうすれば最短で好きな気持ちを伝えることができるのか考えます。頭で考えてから口から発するまでのタイムラグでさえ惜しい。それがノイズになるから。だから本はよく読みますね。いい本を読むと、“磨かれた言葉”がたくさん載っているわけです。あとは、極力、自分にも相手にノイズを掛けないように気をつけています。

ー確かにノイズは無駄ですね。

先日も、開催している朝市でヨガのインストラクターの方がワークショップをしていただけることになったんです。最初は無料で…という話だったのですが、事務局の担当者が「それなら有料にして運営費に寄付してもらいましょう」という方向で進めてしまった。あとからそれを聞いた他のメンバーは何だか「モヤっ」とするわけです。ただ、そこで誰かを責めて話をこじれさせても無駄でしかない。だったら、いろんな思いはあるだろうけど、一度それは飲み込んで、話を進めてくれたことに「ありがとう」と言ってみる。その上で、「次回はこうしよう」という建設的な提案をすることにしました。誰かの正義を押し付けることは、押し付けられた人にとってはノイズでしかないですからね。

ー物事を見ている視点が高いですね。何に対してもそうですか?

以前、子どもがわがままを言っているのを放っておいたら、妻から「ホント、事なかれ主義だよね」と言われたんです(笑)。自分にしたら、それが一番いいと考えた結果でそうしているのであって、決して“事なかれ主義”ではないつもりだった。そこで、どうすればいいかと考えたときに、「一回、落ち着いてから話をしよう」と決めたんです。ただそれも単に「落ち着いて」というのでは言葉の精度が低いので、「お父さんと話せる気持ちになったら、もう一回話かけて」と言ってみた。そうすると、子どももちゃんと冷静に話ができるようになったんです。その時に、子どもも大人も同じだなと思いました。

ーそういう場面でも冷静に考えられるのがすごいですね。僕はすぐに子どもを叱ってしまうタイプなので(笑)。

イライラしている時に叱るのって、結局、叱っている自分で満足してしまいがちですしね。だんだんと「誰からみても自分が正しい」と考えなくなっていったのは、大きいです。こだわりがなくなったんですかね。昔は、こだわっていることがカッコいいとさえ思っていたのに。

野蛮人はウソつかない、野蛮人は死なない

ー僕は今日まで、飯尾さんはこだわりの塊みたいな人だと思っていました。

もうその段階は超えましたね(笑)。いまは「あの人は野蛮だね」と言われたい。脳科学者の茂木健一郎さんの本の中に「野蛮人はウソをつかない」「野蛮人は死なない」というのが出てくるんです。その言葉を見たときにピンと来ました。これこそ自分が目指している生き方だ、と。野蛮は決して乱暴な…という意味ではなく、生き方のスタイルなんです。これからの世の中で一番大切なのは、やりたいことをやるのではなく、まずは「死なない方法を選ぶこと」。結果的に、それがやりたいことにもつながっていくと考えています。博士号を持っている人が、アラスカでクマを捕っていたと思ったら、次の週にはニューヨークで国連の会議に出ている…とか、、野蛮じゃないですか?今の僕の目標の一つは、ニューヨークタイムズの“今年の100人”に載ることなんです。野蛮を追求していれば、それも決して夢ではないな、と(笑)。

ー計算した上での“野蛮”ですね(笑)。もっと流れのままに生きている人なのかと思っていました。

これも僕の子どもの頃の経験が生きていて、小学5年生になって再び引越しをして、2年振りに学校に通ったら、僕だけそろばんの授業をまったく受けていないんですよね。友だちがそろばんの使い方を教えてくれるのだけど、“概念”としてのそろばんがまったく理解できない。そうなるともう“概念”は取り戻せないですからね。僕の中には、ぽっかりと欠けている部分があるんだと思います。

ーたしかに日本の教育は“概念教育”だとも言われていますからね。うちの会社にも、そういった”概念”にとらわれないものの見方ができる人がいて、その人は「50音の母音が、なぜ5つしかないのか疑問に思う」と言っているんです。僕からしたら、そんなこと考えたことすらなかった。

“概念”がないことは、すべての好奇心の原動力になります。子どもの脳の成長って、中学生くらいまでで発想力を養って、高校生くらいからは情報処理能力しか上がらなくなるらしいんです。その結果、いざ社会に出る時になって「好きなことをしていいよ」と言われても、何が好きなことなのかわからない。だから脳科学的には中卒で社会に出るのが一番いい。世の中で成功している人って、意外と中卒が多いんですよね。だから僕も、いかに自分の子どもを中卒で社会に送り込むかを企んでいます。その上で、大人になってから「学びたいことがある」と大学に行く方が、ずっと価値があるでしょう。

軽くハンマーで叩いてあげられる大人が必要

ー学生時代に勉強ができた人ほど、社会人になってから分からないことを、素直に「分からない」と言えない傾向は強い気がします。

下手に頭がいいと、小さなでっぱりを自分で処理しようとするんですよね。また、それができてしまう。しかし、“概念”のない人は、ホントに理解できてないですから(笑)。そこまでいくと教える方も、そうかそうかと丁寧に教えてくれる。今の日本には、そういった風景がどんどんなくなっているのでしょう。僕が何か新しいことをやろうとしても、「大丈夫ですか?」「失敗しませんか?」ということばかり聞いてくる。素直に「面白そうですね!」となぜ言えないのか。結局、子どもの頃に、本当に脳みそと身体が喜ぶような面白いことをやってこなかったとか。みんな、ゆとりがないんです。

ー今の若い世代は、働くことに魅力を感じていないし、生きていることにも希望を持っていないのかもしれません。「エリートサラリーマンになれれば、それに越したことはない」くらいは思っているでしょうが、そうなれない人の方が圧倒的に多い。そういう世代に向けて、飯尾さんはどんなメッセージを伝えますか?

全国愛農会という農業団体の理事をやっているお陰で、僕のところにもよく全国から、「農業について教えてください」という若い人が来ます。先日も東京から22歳のベンチャー企業の経営者で、「健康な未来をつくるために、美味しい野菜のつくり方について知りたい」という人が来ました。気持ちはわかるんです。気持ちはわかるんですけど、そこで僕がしたのは、「健康な未来って誰の?」「野菜は美味しく食べられるために育ってないよ」という話でした。少なからずショックを受けていたみたいですね。今の若い人たちに対して優しくするだけでなく軽くハンマーで叩いてあげるのも、私たち大人の役目なんじゃないかと考えています。これも父親のエピソードで、ある時、「会社のことは好きにやっていいぞ」と言われたんです。それで好きにやっていたら怒ってくる。「好きにやっていいぞとは言ったが、好きにさせるとは言っていない。お前も好きにしていいが、俺も好きにやらせてもらう」というのが父の言い分なんです。衝撃でしたね(笑)。でも言いえて妙だと思いました。だから、僕も若い人に気を使うようなことはしない。あえてパターンを崩してやることで、人は初めて本気で考えるようになる。そこからじゃないですかね。

絶滅しない方法を、自分の頭で考える

ーなるほど。確かに、何でも優しく教えてあげればいいというものでもないですよね。あえて自分が悪者になることで、考えるきっかけを与えてあげているようにも聞こえます。

もともと人間のDNAが喜びを感じるのって、土・水・風・火に触れているときだけらしいです。BBQが楽しいのは、そのすべての要素が入っているから。今の若い人たちは、そういう身体が喜ぶことを知らないんだと思います。「休みの日は家でじっとして身体を休めています」という人がいますが、“家でじっとしている”は休息じゃないですから。怪我をしているときにすることですから。そんなことをしているくらいなら、自然の中で泥水でも飲んでいた方がよっぽどいい。こういうことを言うとますます「野蛮人!」って言われそうですが(笑)。

ーでも野蛮人の話をしているときが、一番目がキラキラしていますね。

最近の家電製品は、特に機能が多いじゃないですか。本当にそれいる?というものが。便利を追求していくと、人間はどんどん弱くなっていきますよね。恐竜だって、いきなり絶滅したわけじゃない。少しずつその兆候があって、少しずつ環境が変化していって、最後に絶滅してしまったわけで。そういう意味では、人間の絶滅ももう始まっているのかも知れません。でも、まだ今なら間に合う。助かる道はある。その道を見つけるためには、まずは自分たちが頭を使って考えていくことしかないと思います。

飯尾裕光<br>1975年愛知県生まれ。愛農学園高校、三重大学生物資源学部卒業。現在も大学院で、有機農業の博士号取得に向けた論文を執筆中。株式会社りんねしゃ 専務取締役、イニュニック ビレッジ代表。その他、都市近郊型の農的暮らしの実践・自立した食・農の提案とワークショップや体験農場を運営。2013年から毎月28日に東別院で開催している「東別院てづくり朝市」は、開催日が週末に重なると1万人以上の来場者があるという名古屋を代表するマルシェの一つ。