「部署ブランディング」で
スキルも背景も異なる
メンバーをひとつに

今回お話をうかがったのは、トヨタ自動車株式会社ビジョンデザイン部(VID)。従来の車づくりの枠を超え、モビリティ社会の未来を描く部署として社内でも注目を集めている組織です。
LENS ASSOCIATESとの出会いを機に、「部署としてのブランディング」という前例のない取り組みを決めたVID。多様な職種と専門性を持つメンバーが集まる中で、「自分たちらしさとは何か」を全員で考え抜きました。
部署全体を巻き込んだワークショップを経て、どんなアウトプットが生まれたのか。約1年にも及んだプロジェクトの全容を振り返ります。
【本コンテンツは2本立ての前半です。後半はこちらから】
制作過程とデザインで「おもしろいほうへ」を体現する

車会社からモビリティカンパニーへ。変革期のVIDが直面した課題
井戸田:長きにわたるプロジェクトお疲れさまでした!この機会にいろいろと振り返らせていただければ幸いです。LENSではこれまでいくつもの会社や商品のブランディングを手掛けてきましたが「部署をブランディングする」というプロジェクトは初めての試み。挑戦的で非常に学びのある取り組みになりました。
中嶋さん(以下 中嶋):たくさんご苦労をおかけしたと思うので、そう言っていただけて少し安心しました。当時を振り返ると、私たち自身「VIDって何をやる部署なんだっけ?」という状況にあったんです。もともとは車の先行開発を手掛けていた部署だったんですが、会長が「トヨタはモビリティカンパニーにならなければならない」と宣言したことで、会社全体が、車だけじゃなく移動に関する全てのことに関わっていく必要があるということで、業務範囲が一気に広がったんですよ。
ロボットもやらなきゃいけない、ウーブンシティみたいな街づくりもやる。本当に多岐にわたる仕事が発生して「トヨタ自動車って何の会社だっけ」という雰囲気も漂うなかで、VIDという部署は、将来的にはトヨタ自動車全体のブランディングも担当する部署に位置づけられました。
でも、いきなり会社全体の方針を一部署が決めるなんて、規模的にも経験的にも無理がある。そうしたときにLENSさんと知り合い、いろいろ話を聞いてもらうなかで、部署のブランディングをやってみよう、という話になりました。まずは自分たちで練習してから、いざ本番に臨めたら、という思いがあったんですね。

三浦:最初に「部署をブランディングする」と聞いたときは正直ピンときていなかったのですが、最初にVIDという部署を見せていただいたときに「これは確かにブランディングを手掛ける意義があるな」と感じたのを覚えています。本当に、さまざまなスキル、背景を持った方が働いていらっしゃるので。
中嶋:そうなんです。うちの部署って、本当にいろんな職種の人がいるんですよ。デザイナーもいれば、エンジニアも、企画の人もいる。一つの部署として括りにくいんです。でも、それはまさにトヨタ自動車の縮図でもある。車だけじゃなくて、ロボットも、街づくりも、いろんなことをやらなければいけない。
だからこそ、部署そのものをお題としてブランディングを学ぶことで、将来的には会社全体に応用できるんじゃないかと考えました。
佐田:最初の打ち合わせで印象的だったのは、中嶋部長が「これはトップダウンでやるものじゃない」とはっきりおっしゃったことでした。一般的に、ブランディングって上層部が方針を決めて、それを下に浸透させるイメージがあると思うのですが。
中嶋:実は、私も最初はそう思っていたんです。ブランディングなんて、トップが決めるもんだろうと。でも、LENSさんから「ブランディングの第一歩としてまずはワークショップから始めましょう」という提案をいただいたときに、「そういうやり方もあるのか」と驚きましたし、トップダウンじゃなくて、みんなの部署なのだからみんなで考えるべきだという、そのやり方にすごく共感したんです。
金田さん(以下 金田):私は主にワークショップの運営をお手伝いする立場だったんですが、なるべくオープンな雰囲気で、いつ参加してもいいし、いつ抜けてもいいし、喋りたい時に喋れるような場づくりを心がけました。できるだけ自分たちがどういうところで働いているのかを知ってもらうために、LENSのみなさんに社内ツアーにも参加してもらいましたね。
清水さん(以下 清水):4回のワークショップを通じて、本当にいろんなメンバーから話を聞くことができました。部長クラスから若手まで幅広くメンバーを募ったのですが、個々の考え方や性格、専門性などがバラバラだったので不安はありましたね。みんなそれぞれ違う方向を向いているというか。
中嶋:そうそう、改めて並べて聞いてみると個々人の関心ごとが、それこそ北極と南極ぐらい違うんだなという発見がありました。多種多様な意見がある部署なのだという前提でブランディングをしなきゃいけないんだなと、改めて感じましたね。

ワークショップで見えてきた「おもしろいものが好き」という価値観
井戸田:ワークショップを重ねるうち、どんな変化がありましたか。
金田:面白かったのは、話していくうちに広がりつつも、だんだん狭まってくるんですよね。みんなが困っていることって、実は共通点があるんだなということが見えてきた。バラバラに見えて、でも根っこの部分では共通の認識があるんだということが、具現化されていった印象です。
清水:本当にいろんな職種の方がいるので、どうまとまるんだろうと不安だったんですが、議論を重ねていくうちに、やっぱり同じところに集約されてくるんだなという実感がありました。特に「おもしろい」というキーワードがたくさん出てきて、これは本当にVIDならではだなと思いました。
佐田:確かに最初は予想以上に意見の方向性がバラけていたけれど、最終的には「おもしろい」という価値観を大事にしようという方向に一致していく過程は、そばで見ていて興味深かったです。
中嶋:最初は「おもしろい」って、漠然としたキーワードだなあと感じていたんですが、ワークショップを重ねるうちに、それがVIDの本質を表している言葉だということがわかってきました。技術的な正しさや効率性も大切だけど、まずは「おもしろいかどうか」で判断する。それが僕たちのDNAじゃないかと。
井戸田:ワークショップを重ねて、いよいよタグラインとステートメントを決める段階になりました。最終的に「おもしろいほうへ。」に決まったときの部署内の反応はいかがでしたか?
中嶋:私と室長2名との3人で最終決定をしたんですが、3人とも全然性格が違うので、最初はそれぞれ違う案を選びながらも、でもみんな「おもしろいほうへ。」の案にいい意味で引っかかっていたんです。ただ、これだけだと「ただただ楽しいことやってるだけ」みたいに見えてしまう可能性もある。そうした懸念をお伝えしたうえで出てきたステートメントを見て、これならばしっくりくるな、と。「おもしろい」というありふれた言葉のなかに、私たちの胸の奥にある思いがしっかりと込められているということを、論理的に説明できるようになったのが決め手でした。
金田:ワークショップで出た皆の言葉を、LENSのコピーライターの古屋さんが見事にまとめてくださって。これは本当に、VIDという部署の思いが込められた文章になったと思います。みんなから集めて紡いだ言葉を、部署という大きな単位として、ちゃんと言葉にしてくれました。
中嶋:どの人から見ても、トップである僕から見ても、すごく納得できるというか、腹に落ちて、ちゃんと自分の言葉として、外の人に対してこれがうちの部ですよって説明できるものになりましたね。お披露目して以降、社外の方からも「いい言葉だね!」と声をかけられるんですよ。
今では、他部署からも「こういうことをうちもやりたい」という声をいただくようになりました。エンジニアの部署で先行開発をやっているところの部長も、「この言葉はエンジニアでもデザイナーでも営業でも当てはまるよね」と言ってくれて。
井戸田:部署を超えて影響が広がっているんですね。
中嶋:そうです。特にステートメントの文章は、頑張ってる人ほど響くという感じで、いろんな人から「感動した」と言ってもらえています。
清水:私自身、ワークショップを通じて、自分が部署の一員なんだという意識がすごく強くなりました。今まで割とバラバラに仕事をしていた感じだったんですが、みんなで一つの方向を向いているんだなということを実感できる機会になりましたね。

45種類のステッカーが生んだ新たなコミュニケーション
井戸田:ワークショップで固まった軸に基づき、ロゴやグッズなどの展開をしていくにあたって、部内の全メンバーを巻き込んで進めていくために、これまでの内容を共有するお披露目会を実施しました。
澤田:ワークショップの成果をどう形にするか考えたとき、冊子にまとめるだけじゃなくて、みんなが参加できるツールを作りたいと思ったんです。そうして生まれたのが「お披露目会でステッカーを配ろう」というアイデアでした。
中嶋:最初は数種類の予定だったんですが、デザインがどれもよくて選びきれず、結果的に45種類もつくることに。でもこれが、予想以上の効果を生みました。
金田:タグライン・ステートメントのお披露目会でステッカーを1人3種類ずつ配ったのですが、みんなの反応が本当によくて。袋を開けて「これ欲しかったやつだ」と反応してくれる人も多かったですし、普段はあまりこういうノベルティに興味を示さない人も、すぐに自分のパソコンに貼ってくれたりして。
渡すときに、「自分のステッカーと他の人のステッカーを交換してもOK」と、ゲーム性を持たせて配布したのもよかったのかなと思います。配布してすぐに、あちこちでトレーディングがおこなわれていましたね(笑)


澤田:お披露目会にも同席させていただきましたが、予想以上に盛り上がっていて本当にうれしかったです。ステッカーのアイデアを出しているときは、「このデザインはどんな人が使ってくれるんだろう?」「この人にはこれが刺さりそうだけど、この人には刺さらないよね」とか、いろいろ悩んでばかりで。でも、VIDのみなさんがいろんなキーワードを出してくださったからこそ、これだけバラエティに富んだものができました。自由な発想でたくさんのデザインに取り組めたので、若手デザイナーにとってもいい刺激になったと思います。
三浦:僕自身は、ブランディングの軸をつくっていく役割を担うなかで、みんながワクワクするところ、みんなが興味を持ってもらえるようなプロジェクトにしたいと考えていました。45種類のステッカーをつくる過程においては、工数的にはちょっと大変でしたけれど、LENSのクリエイティブメンバーが全員関われる貴重なプロジェクトになりましたし、みんなすごく楽しそうだったので非常にいい機会をいただけたと感謝しています。そうして生まれたデザインが、VIDのみなさんのコミュニケーションに役立てたというのはとてもうれしいですね。
中嶋:このプロジェクト自体も、「いつも頑張ってるものの目立ちにくい人」とか、「みんなありがとうって思ってるんだけど、なんか自信がなさそうにしてる人」がいるよねという話から始まったんです。だから、そういう人を取りこぼさないようにしようっていうのは、意識的にやっぱり毎回考えながら進めました。
井戸田:ステッカーが45種類になった理由も、年代も職種も違うメンバーが集まっているからこそ、いろんな人に響くようにしたい、という話が発端でしたもんね。
中嶋:ねらいどおり、みんなが楽しんでくれる仕掛けになったと思います。本当に、VIDで働くいろんな人をイメージしながらつくってくれたんだなと感謝しています。
清水:面白かったのは、私が勝手に「この人は白とか黒とか、モダンなデザインが好きそうだな」とイメージしていた人が、わざわざビビットな色合いのステッカーと交換していたこと。逆もしかりで、ポップなデザインが好きそうな人が、シックなデザインのステッカーをパソコンに貼っていたり。
金田:わかります!実はこの人はこういうタイプなんだっていう意外性も含めて、みんなの新しい一面を知ることができました。また、来客時にステッカーがきっかけで話が盛り上がることもあり、お土産としてプレゼントすると喜んでいただけますね。
中嶋:始まってすぐのころは正直、本当にまとまるのかなという不安がありました。これだけ多様なメンバーがいる中で、果たして一つの方向性を見出せるのかと。でも、ワークショップを重ねていくうちに、バラバラに見えても、根っこの部分では共通の思いがあるんだということがわかった。それは本当に大きな財産になったなと今も思います。
後編では、VIDの「ブランドアピアランス」「バリュー」「ロゴ」を作り上げていくプロセスを紹介します。